公開: 2022年1月24日
更新: 2022年1月24日
終身雇用制度は、被雇用者である企業の技術者に、昇進や配置転換などによる職務の変更を強制する制度である。このことによって、技術者の「会社員」としての身分は守れるが、技術者の専門家としての知識の集約は阻害される。その典型的な例が、ソフトウェア技術者の設計レビューの能力向上である。
ソフトウェア技術者にとって、設計レビュー能力を向上させるためには、長期に渡る実践経験の積み重ねが必要不可欠である。どのような設計を採用したとき、どのような問題を引き起すリスクが潜在するのかなどは、教科書にまとめられるような理論的な知識ではない。特に、銀行オンラインシステムのようなソフトウェアの設計では、何世代かに渡る設計に関与して、初めて獲得できる実践上の知識であり、「暗黙知」に属する。
社内での昇進や移動によって、職務が変化する終身雇用制度では、そのような「暗黙知」を蓄積することが困難である。優秀な才能に恵まれた技術者は、その才能のゆえに、昇進が速くなる傾向がある。昇進すれば、その人に蓄積された「暗黙知」の一部は、新しい職位においては意味がなくなる例が多い。この場合、その人の「暗黙知」の一部は、その人には残るものの、組織では活用できなくなる。これによって、設計レビューの質が低下するのである。
このような問題は、程度の差こそあっても、米国社会ても経験されることである。センジは、日本企業から学び、「米国企業は、自己の組織の経験からも学べる機構を確立すべきである」と説いた。そこで、強調されたことが、仕事のやり方を可能な限り詳細に調べ、記述することであった。日本社会でも、同じアプローチは、有効である。しかし、問題は、日本人は、米国人と比較しても、書くことに慣れていないことである。つまり、優秀な技術者が昇進すると同時に、その「暗黙知」がその企業の中から、消え去った状態になるのである。
センゲ, P.著、「最強組織の法則」、徳間書店(1995)